いとうちひろのエッセイ「ニッポンの会社今昔物語」

ママレモンの逆襲

それは、暮れもおしせまったある夜のことでした。
入社3年目の小田さんは、納会のビンゴで当てた販売促進用の社名ロゴ入りの大振りバッグを横に置き、鷺沼にある独身寮の前で同僚の武野さんが来るのを待っていました。
同期の武野さんは、今までコツコツためてきた社内貯金と冬のボーナスを合わせて、 念願の新車をついに手に入れたのです。
念入りにワックスがけをし、車内のアクセサリーもバッチリ完璧に備え付けた彼は、慣らし運転もかねて故郷の関西まで車で帰郷することにし、同郷の彼を誘っていたのでした。
約束の11時を5分程過ぎて、武野さんのアベニールが到着しました。
ここ2〜3年暖冬傾向が続いていたのですが、今年は早くも第一級の寒波が日本を覆っており、小田はバッグ後部座席に投げ込むと、すっかり冷え切った身体で車内に飛び込みました。
「冷えるな〜今日は。中央は凍結してるんじゃないか?」
「ん〜。でも、東名は混んでるだろうしな〜。空いている方が気分いいだろ?」
「まあ、トラックに囲まれて走るよりはマシかな。」
などと言いつつ、車は調布インターへ向けて走り出しました。
深夜の中央高速を選んだだけあって、ドライブは実に快調に進み、コンスタントに 100kmをキープしつつ長野に入っりました。
標高が高くなったせいもあるのか、寒さはいっそう厳しくなり、
「ちょっと休憩しようか。」
とサービスエリアに入ってはみたものの、あまりの寒さに早々に車に戻ってしまう程の冷え込みでした。
「ヴ〜さみぃ〜。」
「絶対今氷点下だよな。」
「どうせ車の中にいるんだったら、行くかあ。」
と、武野さんはまた車を走らせ始めました。
「あ、『只今の気温氷点下5℃』っだってよ。」
「バナナで釘が打てるかもってか?」
などと話していると、不意に武野さんが
「そうそう、この間友達に聞いたんだけど、フロントガラスの油膜取りには、台所用洗剤がいいっていうんだよ。知ってた?」
「いや。ホントに?」
「試してみたんだけど、これがよく落ちるんだな〜。」
「ふ〜ん。」
「で、この車のウインドウォッシャー液がすぐなくなちゃってね。」
「???」
「ママレモン目一杯入れてきたんだ。」
「えッ?!」
「ほらっ!」
武野は、勢いよくウォッシャー液を吹き出させました。
そして次の瞬間、
「う、うわあ〜!!」
という悲鳴とともに、急ブレーキを踏んだのです!!
何と、ウォッシャータンクの中で程良くシェイクされていたママレモンは、豊かに泡立ちながら飛び出し、フロントグラスに張り付くやいなや、一瞬にして真っ白く凍り付いたのでした!
幸い後続車が無く、事故にはならずに済んだのですが、前が見えない事にはどうにもならないので、2人はサイドウインドをおろしてゆっくりと車を路肩によせました。
そして、冷え切って痺れた身体で、フロントガラスにこびりついたママレモンをガリガリ引っ掻きながら、純正部品の重要性を今一度じっくりと噛み締めたのでした……。
 
=本日の標語= 『気を付けよう 寒い夜道の ママレモン』 ←何のこっちゃ?!

【追加情報】
台所用洗剤は油膜取りには本当に良く落ちますが、車のワックスまでキレイサッパリ落としてしまう為、どうしても使いたいのなら
「台所用洗剤を含ませた雑巾などで、ウインドウを拭く程度にしておいた方が無難」
との情報が寄せられました。参考にして頂ければと思います。

次号は2月1日に公開予定です。

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