いとうちひろのエッセイ「ニッポンの会社今昔物語」

赤い衝撃

テレビ等を見ていると、六本木ヒルズだの、フジテレビだの、汐止めタワーだのと、近代的な社屋ビルが沢山紹介されていますが、皆さんが働いている職場は必ずしもそんな『綺麗で近代的』な建物ばかりではありませんよね。
今回は、そんなオンボロ社屋での出来事をご紹介します。

これは、あまりのボロさに耐えかねて、一昨年やっと取り壊された、今は無き某メーカーの事業所での出来事です。

ある蒸し暑い夜、『一応形だけはついている』といった代物の冷房の、効きがどうしようもなく悪い建物なのに、窓枠の立て付けがこれまた非常に悪くて窓を開ける事もままならない居室の中で、額にうっすらと汗を浮かべながら残業していた高井さんは、ふとパソコンの上に『赤い小さいモノ』がチラチラしているように見えて、仕事の手を止めました。
「あ〜、まいったなぁ。とうとう目までおかしくなっちゃったか〜」
彼は、はかどらない仕事に焦りを感じながら、目をゴシゴシこすってみましたが、『赤い小さいもの』がなくなる様子はありませんでした。
「う〜〜ん……」
大きく伸びをして、目をパチパチさせてからもう一度パソコンの上を見てみると、『赤い小さいもの』は幻ではなく、チラチラして見えていたのは、どうやら『動いているからだ』ということが分かりました。
「んん〜???」
ググ〜ッと近づいてよ〜く見てみると、ナントそれは『赤ダニ』。しかも山盛り一杯状態だったのです。
「な、ナンダッ!?」
彼は思わず、イスを蹴り倒して飛び上がりました。
そして回りをグルリと見わたしてみたのですが、周囲にそういう所は見当たりません。
「ま、まさか、俺だけ?」
もう仕事どころではありません。
彼は捜索範囲を広げ、居室内をウロつきまわり、目を皿のようにして辺りを調べまくりました。
すると、なんとほぼ等間隔で例の『赤いチラチラ』があることが分かったのです。
「一体、何故?」
赤ダニの大群(?)を目の前に、腕を組んで考え込んだ彼の視線は、天井に吸い付けられました 。
「まさか…、アレか!?」
彼の目線の先には、空調用の通気口が大きく口を開けていたのです!
彼は、自分の仮説を立証するために、通気口と『赤いチラチラ』が同じ場所に存在するかどうか、一つ一つ確認して行きました。
すると、数の違いはあれど、どれも一致していることが分り、しかもそれは線を描くようにして数が増えていく事も分かったのです。
彼は、その線を追っていき、ちょうど窓にぶつかるところまでたどりつくと、窓枠から窓が落ちないよう、用心深くそっと窓を開け、外側から排気口の出口部分を眺めました。
スルと…、なんと排気口出口部分すぐ内側には、これまた大層立派なハトの巣が…!!
そうです。どうやらそのハトの巣に『赤ダニ』がわき、通気口を伝って居室内のあちこちに落ちた、ということだったのです。空調の効きが悪いのもおそらくこのハトの巣の為だろうと予想できました。
「うぎゃーッ、気持ち悪ィ〜〜ッ!!」
彼は、取り敢えずどこからか殺虫剤を入手すると居室内にまき散らし、その日の残業は断念して帰宅したのでした。
もちろん、後日ハトの巣は取り払われ、ダクト内も念入りに掃除された事は、言うまでもありません。
でもやっぱり、淡い期待を抱いていた『冷房』は、やっぱりというか、さっぱり効かなかったのでした…。

次号は6月1日に公開予定です。

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