いとうちひろのエッセイ「ニッポンの会社今昔物語」

朝焼けの疾走

前回、最新のセキュリティシステムについてお話しました。今のセキュリティシステムについては、皆さんそれぞれ体感なさっていらっしゃると思うので、それ程深く追求しなくてもお分かり頂けると思います。
通常であれば、会社のセキュリティは、警備会社と契約してその防犯システムを利用したり、各通用門に警備員を配置して出入りを監視したり、さらに社員証に磁気データを入れて、それでスキャナしないと居室への出入りができない、などのやり方で守られています。
では、警備員などの人的な物はともかくとして、コンピュータ防犯システムが確立していなかった頃って、どんな方法で機密を保持していたんでしょうか?
なあんて、素朴な疑問がこの度明らかになりましたので、ご報告致します。

これは、今からかれこれ35年以上も前のお話です。
現在は、ドラマロケに利用される程近代的な建物が建ち並ぶこの事業所も、当時はまだ、平屋やせいぜい2〜3階建ての事務所や工場が建ち並ぶ、古き良き会社のたたずまいでした。
現在はもう無くなりましたが、当時はまだ『泊り勤務』というものがあり、その日も坂口さんは泊まり勤務をしていました。
夜も深々と深けた午前2時頃、当時のトイレは別棟にあった為、トイレに行きたくなった彼は、出口のドアの前に立つと慎重に外の様子を伺い、ソロソロと外に出ました。
まるで何かに脅えるかのように、出来るだけ音をたてないよう、しかも急ぎ足でトイレへ行った彼は、用事が済んだ安心感からか、帰りは何のためらいもなくフラリと外に出てしまい、
『ギョッ!』
と立ちすくんだのです。
そこには、いつの間に集まったのかバカでっかいシェパードが4匹、低いうなり声を上げながら彼を取り囲んでいたのでした。
(うわぁ〜、しまった! どうしよう〜!!)
と、凍り付いた様に固まったまま、このまま建物の中に強引に戻ろうかどうしようか思案していると、
「そのまま動かないで下さい!!」
と遠くで鋭く叫ぶ声が聞こえて来て、タタタと小走りに警備員が走ってきました。
そして、犬達を伏せさせた上で彼に、
「もう、大丈夫です。ゆっくり歩いてお戻り下さい」
と言ったのでした。
「ああ、びっくりした〜」
と言いながら立ち去る彼に、警備員は念を押す様に
「決して走らず、ゆっくり歩いてお帰り下さい」
呼びかけたのでした。
そう、当時その事業所では、夜間の警備用に犬が使われていたのです。
それも由緒正しく、警察犬訓練所でしっかり訓練を受けた犬で、彼等は警察ではなく民間企業に就職(?)した為、『警備犬』となって、毎日夜10時から翌朝まで敷地内に放され、不審者の監視に当たっていたのです。
無論、いくら彼等が優秀な警備犬であったとしても、構内を歩いている人間が社員かどうかまでは判断できる筈もありません。
そこで、常に警備員も構内を巡回し、不運にも勤勉な彼等に囲まれしまった従業員をそこから救い出す事が、彼らの主だった仕事になっていたのでした。
『歩いて帰る』
というのは、走る人間を不審人物と判断した犬達が、警備員が静止する間もなく、噛み付いてしまうという事故を防ぐ意味があるからなのでした。
こうなって来ると、スパイ小説さながら、泊り勤務も命懸けです。
さて、無事に居室に戻った彼が、明け方再び休憩をとって外に出てみると、ちょうど東の空がうっすらと赤く染まり、ボンヤリと明るくなって来ているところでした。
夕べ彼を心底驚かせた警備犬達は、一日の仕事を終えて、現在は敷地外に設置されている、交番がある辺りに作ってあった小屋へと帰って行くところでした。
大きくノビをしながら歩いていた彼は、『ゴンゴンゴーゴー』という大音響に、
(?何だ?)
と音のする方へ目を凝らしました。
なんとそれは、事業所隣の自動車工場で当時作られていた『戦車』で、どこかの自衛隊に納品するために出荷されていくところなのでした。

朝モヤの橋を疾走する戦車。
当時は時々見られた光景だという事なのですが、それにしてもあまりにもシュールな風景ではありませんか。
『真夜中の警備犬』と『朝モヤの中を疾走する戦車』、是非とも一度この目で拝んでみたいと思わずにはいられない魅惑の風景なのでした。

次号は5月15日に公開予定です。

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